大きい靴屋の想い

私は高級紳士服専門店で16年
独立して10年
スーツや革靴の企画・販売に携わっています

そんな私にも新入社員の時代がありました。
入社式数日前、お店に立つときに履く靴を
有名メーカー専門店に探しに行きました。

試し履きしたらかなり小さい感じです。
他に在庫がありません。
多少小さくても革も伸びるから大丈夫
というお店の人の言葉を信頼し、

見た目重視で購入。
しかしこれが悲劇の始まりでした。

               

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マダムサプリ

「お化粧品 変えた!? 

なに使ってるの? お肌きれいね!」

と 同じ年齢のママ友達から言われたのです!!!  

いつもなら うろこのようなポロポロ肌になっている季節の
2008年3月の終わりのことでした。


そういえば 今年はあの赤みをおびた乾燥かゆみがでない!
そういえば 最近とてもお化粧のりがいい!
そういえば かき傷がない! いつのまにか消えていました。
私は このサプリメントに大きな自信を持つことができました。


わたくしは30歳を過ぎてから2人の子供を出産しました。

もともと乾燥肌タイプだった私の肌トラブルは
その頃をピークに ひどくなっていきました。
               

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umestyle(ウメスタイル)

2000年に農家に嫁いできました

OLから一気に農家の嫁
嫁いだのは梅農家
もちろん、梅のことは何もしりませんでした。


2002年4月にネットショップを開店して以来
梅の販売をさせていただいています


ただ、当時は、ほんと梅に対する知識もなかったし
愛情がわくとかわかないとかいう以前に
ただ「物」としての【梅】
という認識しかなかったんです


それから、ネットショップを運営していく中で、
私も、梅酒や梅干しを作るようになりました。

そうこうしながらも、私自身

慣れない農家生活、育児、仕事など
今までとは違いすぎる環境の変化に
とっても疲れていたときでもありました。


そんな時期につくった梅酒♪

               

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幸せなペットと飼い主が増えますように

私が手作りのごはんを始めたのは
愛犬のデュークがアレルギーになったからなのです。


初めは  どうして?アレルギーになるの!
こんな高いドッグフードを食べさせているのに!
と思っていました。


それからフードジプシーと
言われるように
アレルギーに良いといわれている
ラム肉を主原料とした
ドッグフードなどもいろいろを与えてみましたけど
まったくダメでした。


デュークのアレルギーの症状は足の指の間に袋ができ、
そこに血がたまるというもので

 

 

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世界中が幸せな笑顔に包まれるように

私は茨城県の那珂市という
自然豊かな場所で産まれました。

那珂市は、顔を合わせると誰もが笑顔であいさつをし、
子供達皆が兄弟のような温かい人があふれている町です。

私はそんな温かい町で、祖父、祖母、父、母、8歳年上の兄、
私の6人家族の、まさに
絵に描いたような幸せな家庭に育ちました。

私が幼稚園の時に祖父が他界してからは、
両親が共働きをするようになり、
幼い私は祖母と一緒にいる事が多くなりました。

昼も夜も働きに出ていた母は、忙しいながらも
私がリクエストする料理を作ってから、
毎日仕事に向かっていました。

母の背中を「いってらっしゃい」と見送る度に、
切なくなったのを覚えています

     

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私のお茶人生

私が、お茶の仕事をするようになったのは
25年前になります。

高卒で証券会社に入社
このままではつまらない・・と4年で退職、
以前から興味があった芸能界
を覗いてみたいと思い
メークアップアーチストになったのです

その後 茨城に戻って結婚、
縁あって茶舗牧ノ原に就職
ここから私のお茶人生が始まるのです。

私は着付けのコンサルタントも持っています。

日本がいくらハイテクになっても
着物文化から出た言葉の 
躾け・襟を正す や 
お米のとぎ方 お茶の淹れ方などは、
家庭の中で 
母から子へ 子から孫へ 
と受け継がなければならないと思っています。

     

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お父さん ボクやるよ

ボクの豆腐屋は、2002年に開業したばかりの
まだ、出来たばかりの豆腐屋です

2001年の春、父から
「豆腐屋をはじめようと思う。」
と言われ、当時中学2年生だった私は

「そうなんだ、頑張ってね。」

と簡単に思っていました。

その年から、父と母は時間を見ながら
土地を探すために市内の
色々な土地を見学へ行き、
現在の土地と出会う事が出来ました。

その年の秋、ボクの父はガンの手術をしました。

 

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じいちゃんへ

「じいちゃん 分かる?」

じいちゃんと話したのはこれが最後だったね。
話したっていうか、声かけたってのが正しいかな…


じいちゃんが痴呆症になったのは 中学の時。

 


それは、突然やってきた

 


ある日学校から、帰ってきて玄関あけたら

じいちゃんがしゃがんでた。

そばにはお母さんがぞうきん持ってた。
最初は何してるんだろってびっくりしたけど

ニオイですぐに分かった。

そして こっちを見てるじいちゃんの目に、

私は映ってなかった。

 

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もう一度あなたに会えたら・・・

ある日、ひょんな事から友達に紹介されて

あなたに会いました。 

「こんなにもかわいい笑顔する人なんだ」

それがあなたへの第一印象でした。
そこから、急速に仲良くなったね。

一緒にご飯に行って、家にあそびに行って 

「つき合おう」って言葉とかはなかったけど 

いつの間にか毎日一緒にいるようになって…



あなたは、とにかく優しかった。  
いつも私を一番に考えてくれてた。



人ごみが嫌いな私達だったからいつも家にいて

思い出って思い出はあまりないけど

それでも私は良かった。 

あなたがそばに・・・

 

 

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世界で一番頼れる友達 ノン子へ

「ちょと風邪ひいちゃったかもしれない」

そんな
なにげない一言から
はじまったんだよね。

翌々日会った時には全然、食欲がないといって
2日間食事をとらなかったと聞いたときは
ほんとにびっくりしました。


「ダメダメそんなことぢゃ」
といってすぐに
ファミレスに一緒に入って
無理やりサンドイッチを食べさせたら
戻してしまったんだよね


それから
もう一度病院に行ってみた結果が・・・

 

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人生を変えた言葉

私は十年来、スキー教室のコーチをしています。
今年も無事シーズンを終えることができました。

スキーを通じて出会った人は、我々スキーコーチにとって大きな財産です。
そんな私の財産の一人の方に、どうしても忘れられない人がいます。

 

今から10シーズンほど前、再起不能の複雑骨折をして

もうスキーコーチを引退しようと考えていました。
そしてそのシーズンの最終日に…

 

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世界で一番大切なあなたへ

「行ってきます」

いつもと変わらない
朝ごはんを食べたあとの玄関の後ろ姿
たぶん半年ぐらいたってしまったんでしょうね

どうして気がつかなったのか
どうしてそんなに
あなたに
気をつかわせてしまっていのか?


わたしたちって
夫婦でしょ
痛みわかちあう夫婦でしょ

 

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